Diary from Tokyo

東京都在住。ジャンルを特に決めず、思ったことを書いていきます。

東京オリンピック2

東京都のコロナ感染者が、3,000人を超えました。

オリンピックと無関係ではないと思いますが、

こわいです。早くワクチン2回打ちたいです。

 

ところで、日本はメダルラッシュですね!

卓球の卓球混合ダブルス決勝の水谷選手と伊藤選手、

体操男子個人総合優勝の橋本選手、水泳で金二連覇

大橋悠依選手など、みなさんすごすぎます!

 

そんな中、TOKYO2020のオフィシャルグッズショップを

通りかがりました。もう私が生きている間に、日本で

オリンピックはないのではないかと思うので、記念に

1つだけ何か買おうと思い、前から欲しかった、縦にして

開くとペンなどがそのまま取り出せるペンケースを買いました。

 

ピンクがかわいかったので、ピンクのものを買ったのですが、

ピンクのキャラクターはパラリンピックのキャラだと買って

から知りました。キャラクターの意味をわかっていなかった

のですが、やっぱりピンクがよかったので、ちょっと割高ですが、

買ってよかったです。しばらく使い続けようと思います。

 

ちなみに、公式ショップはカードはVISAしか使えないようで、

私のカードは、VISAにCMでよく流れているタッチマークが

ついたので、初めて「タッチでお願いします。」といって、

タッチ払いを体験できました。カードをお店の方に渡さずに

処理できるので、コロナ禍ではとても便利ですね。

 

コロナ禍で、だいぶキャッシュレス決済に慣れてきました。

たまに「現金だけなんです。」と言われると、「じゃあ、

いいです~。」とはいいませんが、「え?」とちょっと

思うようになりました。

手数料がかかるからでしょうね。ちりも積もると、結構な

額にはなりますので。

 

ポイントも、かなり便利に使っています。マクドナルドは

ほぼポイントで食べるようになりましたし、疲れた時に

コンビニでポイントで買えるコーヒーは、とてもおいしく

感じます(笑)。

現金をあまり使わないので、銀行でおろす回数もかなり

減りました。

 

話が横道にそれましたが、オリンピックはまだ続きます。

みなさん、暑いですが、体調に気を付けてがんばってください!

東京オリンピック1

東京オリンピックが開催されています。

 

水泳を観ていたのですが、瀬戸選手と女子400mリレーの

9位での予選落ちは、残念でした。

9位というのがなんとも悔しいですけど、まだレースは

続くので、がんばってほしいです。

そして、柔道の高藤選手、金メダル第一号、おめでとう

ございました!すばらしいです!!

体操男子も予選一位で決勝進出、おめでとうございます。

 

せっかく東京に住んでいるのに、なんか実感のない感じ

でしたが、昨日の開会式のピクトグラムくらいから、

楽しくなってきました。人出はどうしても増えるので

仕事で外出しないといけないときはちょっと怖いのですが、

なんとか無事に、たくさんの感動とともに終わって

くれればと思います。

 

ところで、今回は民放はテーマソングがみんな一緒なのですね。

どのチャンネルでも、桑田佳祐さんの歌が流れているので、

つい検索をしてしまいました。

『SMILE~晴れ渡る空のように~』という歌だそうです。

Youtubeに映像がUpdateされています。

https://www.youtube.com/watch?v=ThVAJuQQTXU

背中を押す歌でありながら、ところどころ少し軽い感じの

表現も素敵です。メロディもとてもきれい。

どうしてこんな素敵な歌が作れるのだろうと思います。

やはり、桑田さんはすごいですね。

音楽番組か何かで聴けるのが楽しみです。

 

血のにじむような努力をして、ピークをここに持って

きている人たちの戦いは、自分にとっても刺激になります。

これから、楽しみです!!

マックのチーズバーガー

昨日、久しぶりにマクドナルドのチーズバーガーを

食べました。

 

マックのチーズバーガーは、私が子供の頃からあり、

習い事などをがんばったときのご褒美のような形で

食べさせてもらえるものでした。

値段の問題ではなく、おいしいけれど食べ過ぎると

健康によくないから、なにかいいことをした時だけ

食べさせてもらえる、というものだったのです。

 

そのような思い出の品なので、チーズバーガーは、

私にとって特別な食べ物なのですが、昨日、久しぶりに

食べたら・・・正直あんまりおいしくなかったんです。

 

テイクアウトしたので、若干食べるまでに時間が経って

しまったことも一因かもしれませんが、味は同じなのですが、

パンがぱさぱさで、「こんなんだったっけ?」と思って

しまいました。

 

140円で食べられるものに文句をつけてはいけないのかも

しれませんが、私の体調の問題か、パンなどの問題か。

それとも、木村拓哉さんのかっこいいCMのおかげで、マックに

対する期待値がいつもよりあがっていたのか。

 

少し経ったらもう1回食べてみたいと思いますが、それでも

同じ感想だったら悲しいですねえ。。。

変わらないものはないとはいえ、子供の頃から変わらない

貴重な食べ物の1つだったのに。

 

あまりにショックだったので、記録してみました。

オリンピック関係者のいじめ報道

オリンピックの開会式で音楽を担当している方の

過去の壮絶ないじめが話題となっています。

 

少し前に旭川の事件に匹敵するか、それ以上のひどい

内容です。いじめられた方が亡くなっていないので、

事件扱いにはなりませんが、これは未成年のいじめなど

という許容できる内容ではありません。

それを、1994年頃に、自ら音楽雑誌で笑いながら語った

ことで発覚し、何度か避難をうけてきたものが、今回、

その方がオリンピックの開会式の音楽担当になったことで、

再度問題視されたものです。

 

それに対し、ツイッター上で謝罪文が掲載されました。

裏事情はわかりませんが、音楽はもう今更変更が効かない

ので使うとして、ご本人は辞任するように求める署名運動も

されているそうです。

 

今日の『サンデージャポン』でコメンテーターの1人の方が

「再チャレンジというのは過去のマイナスを埋め合わせる。

プラマイをゼロにすることを認めることなんで。これ批判と

擁護の声で批判の声が大きいというのはプラマイのマイナスを

埋め合わせる作業を単純にしてなかったことなんで。これは

再チャレンジとかじゃなくて批判されて当たり前の自業自得の話。」

とおっしゃっていたのに、完全に同意します。

 

いじめられていた側としては、それが謝罪目的であったとしても、

いじめていた人間には二度と会いたくも話したくもないですから。

そもそもそれを受け入れれば赦したことになってしまう。

そして「謝罪しました。」という形をいじめた相手に与えてしまう。

そのために、利用されるなんてまっぴらごめんだと思います。

 

話は変わりますが、先日、Yahooのまんが記事?で、過去にいじめを

受けていた同級生Aの子供と主人公の子供が同級生となって再会し、

その同級生Aと仲がいいママ友Bの子供と、自分の子供が遊びたがるので、

Bに遊ぼうといったところ、やんわり断られ続けており、「まさか、

Aが過去の自分のいじめをBに話したのでは」と勝手に疑います。

そして、Bを呼び出し、「誤解」を解こうとして、Aをいじめていた

ことと、いじめを受けていたことを「Aの過去の汚点」と表現します。

 

それに対し、BはAからいじめについては何も聞いていなかったことと、

「あなたはAにいじめをしていたのか?しかも、それをAの汚点だと

いうのか?私があなたを避けていたのは、あなたの取り入るような

態度が気持ち悪かったから。でも、私の人を見る目は間違ってなかった。

二度と連絡してこないで。」と言って去ります。

 

その後、主人公はAに直接謝り、「ありがとう。」とは言ってもらえ

ましたが、AともBとも距離は置かれているとありました。

※リンクを貼りたかったのですが、元記事が見つけられませんでした。

 

でも、いじめをしている人間の感覚ってこういう感じなのかもしれません。

まだ、過去にしたいじめがよくないこと(=人にいったら避難されること)

だったとわかっている分だけ、このまんがの主人公はましです。

ただ、それでも、「いじめは、いじめられた側の汚点」と考え、それを口に

してしまうところから、Bがまともで本当によかったと思わざるをえません。

 

いじめは「いじめた側の汚点」ですよ?

その時は何も言えなくても、過去にいじめをしていた人間だということは、

周りの人間は覚えていますから。その人が何か成功しそうになったら、

それを引き合いにだされるということは、いつでも起こりうるのです。

このまんがにしても、Bがそれを他のママ友に話して、主人公を逆に

今からハブにするようなこともできたでしょうけど、その価値もない

と判断されたのでしょう。私でもかかわらないようにすると思います。

今でも自分を見下している人から謝罪されても、Aも心に響くことは

なかったでしょう。

「関わらないで。」それだけです。

 

今回問題になっているミュージシャンは、いじめを武勇伝のように語った

とのことで論外ですが、いじめは、「いじめた側の汚点」です。

SNSの発達していなかった昔はだまっていじめられた側が耐えなければ

ならなかったけれど、今は、そういう時代でもなくなりました。

警察沙汰にならなくても、SNS上にいじめた人間が本名と写真付きで

さらされる時代です。

 

なんでもさらせば言い訳ではないけれども、どうか抑止力になって、

いじめがなくなってほしいと願わずにいられません。

「普通の母親なら」

福原愛さんが離婚されたというニュースが数日前に

流れました。色々言われましたが、一歩前進して

よかったのではないかと思います。

 

台湾に帰っていないことについて、「2歳、3歳の

お子さんがいるのに(信じられない)。」という

意見を見ますが、これ、男女が逆だったら、あんまり

言われないことですよね。

 

「かわいい盛りなのに。」

「1日でも離れるなんて私は信じられません。」

「普通の母親なら、会いたくて心配でたまらないはず。」

というコメントを見ると、むしろこの意見をわざわざ

言う方に、ちょっと気持ち悪さを感じます。

 

実際、コメント欄では「普通ってなに?」「家庭によって

事情があるんだよ。」「自分の考えが正しいって言いたい

んだよね。」と反論されているのも見ました。

 

異国の、良くも悪くも家族の結びつきが強いところに、

自分がどんな目にあっても、何を言われても、子供に会う

ために行って耐えるのが母親だ!・・・ってことですよね。

 

これって、子供がまともにご飯を食べられず、世話もされて

いない状態であるなら、そうかもしれません。

そうではない場合、自分が崩壊しても子供のそばにいようと

どうしてもがんばらないといけないのでしょうか。

 

先日記載した『消えたママ友』にも出てきましたが、仮に、

姑や夫が子供の世話をさせてくれないとか、姑や小姑が育児や

夫婦生活に口を相当出してきて、夫も家族寄りの場合で、

しかもそれが異国なら、それは相当つらかったでしょう。

真実は家族の中にしかない訳で、それも、それぞれの感じ方の

違いで、善意も悪意になってしまいます。

 

お母さんも一緒にいましたが、どうしても世話をしてくれる

家の考え方に従順にならざるをえない立場であったでしょうし、

そもそも、親子で元々コーチと弟子の関係でもあったため、

ちょっと一般家庭とは違う母子関係だと思います。

愛さんが、ここまで有名になってしまったのは、子供が小さい

時に卓球をしながら泣きじゃくる子供をテレビに撮らせることを

親が許可したからです。小さい子供に拒否権は実質的にないし、

撮ってほしいと言ったとしても、その影響まではわかりません。

その影響がわかりだしたときには、既に有名になった後だった

ため、それがつらかったこともあったのではないでしょうか。

 

そもそも、子供に会いたくない訳ないと思います。

会いたいけど行けないから会えない、ということだと思います。

もし会いに行くとしたら、誰か愛さんを守って下さる他人の

方と一緒に短時間だけ、のような形しか難しいのではないでしょうか。

 

私は、特に愛さんのファンではないので色々言われていることに

ついて擁護したい訳ではないのですが、「小さなお子さんがいる

のに。」「私だったら離れない。」論については、ちょっと

気持ちが悪いところがあります。

これで日本で男性と遊んでるところを撮られてなければ、今頃

世間の反応は全く違ったものだったろうに・・・と残念に思います。

 

世間の意見はともかく、離婚は成立しましたので、愛さんと

お子さんがともに納得して過ごせる係わり方をされていけると

いいなと思います。

『ひとめあなたに・・・』

学生の頃に読んだ新井素子さんの『ひとめあなたに・・・』

を図書館で借りて読み直してみました。

学生の頃に、その時に出ていた新井さんの本はすべて集めた

ので、実家にあると思うのですが、なんとなく、久しぶりに

読みたくなったのです。

 

まず、この小説を新井さんが20歳のときに書かれたというのが

信じられないですね。この小説には、いろんな女性がでてくる

のですが、夫に不倫をされた奥さんとか、母親との関係から

勉強ばかりし続ける娘と、その娘について悩む母親などの心理

などを、なぜ20歳の大学生だった新井さんがここまで書けたの

でしょう。

 

この小説が出たのは、あとがきの日付によると昭和59年ですが、

今でも全く古く感じません。携帯やスマホはでてこなくて固定

電話であるくらいでしょうか。

本当にすごすぎます。

 

文体が独特というのはよく書かれていて、それは確かに思います。

ただ、子どものころに好きだった少女漫画を今読もうとすると、

なんかつらくてもう読んでられない、という感じになった経験が

あるのですが、新井さんの小説は読めますね。そのあたりのバラ

ンスも天才だからなのでしょうか。人を「お宅」「あんた」と

読んだり、愛情表現として恋人の肩を噛んだりという表現については、

ちょっと気になりますが、それ以外の台詞がいいので流せます。

 

この小説といえば『チャイニーズスープ』が有名だと思いますし、

私も一番にこれを思い出しましたが、それ以外にも、姉妹と母親の

関係の難しさだったり、子供同士のいじわるだったり、読んでいて

胸が締め付けられる話の描写が、新井さんの文体の中で展開されて

おり、もう一度いいますが、これを本当に20歳で書いたのですか?

と思います。

 

久しぶりに学生時代に戻ったような、時間を忘れて小説に没頭する

時間を過ごすことができました。

合うスーツが売り場にない

今日、スーツを見に行ったのですが、サイズが

なくて買えませんでした。

 

Sale品は、いいなと思うデザインのものは5号、

7号とかしか残っていなくて、自分の号数のものは

試着するとデザインがいまいち。

店員さんに聞くと、在庫がもうないかお取り寄せ。

 

もう少し痩せていれば・・・とその時は落ち込んだ

のですが、さすがに7号になるまで痩せるのは無理だし、

おそらく丈が短くなってしまうかと思われるので、

仕方ないかな・・・と思うと同時に、おそらく最も

需要があると思われる号数を、どうして多めに作ら

ないんだろう、と思いました。

 

特に5号なんて、着られる人が結構限られるはずで、

これを既製品で作るなら、その分、生地をちょっと足して、

一番よく売れる号数のサイズを集中的に作った方が

売れるのでは?と思いました。

Saleにしたって、着れないものは買わないので、結局

在庫になって廃棄になるのであれば、5号や、15号以上

などはオーダーにしたらいいのに・・・と。

 

お客さんが欲しいと思ったときに、製品がなくて

売れないという機会損失を防ぐために、すべての号を

まんべんなく作るより、よく売れる号数にしぼって

作るようにした方が、むしろ在庫減りません?という

素人考えです。そうしている結果、売れ残った5号、

7号なのかもしれませんが。

あれだけ5号、7号が、売れ残りにしろ売り場にたくさん

あるのを見て、もったいないなと思ってしまいました。

 

あと、日本人の女性の平均身長が158cmとのことで、

服の丈がそれを基準に作られているので短い、という

こともたまにあります。なので、背の高い人用という

ものを別に作ってくれているときもありますが、まだまだ

少ないですね。

 

スーツは、また別のお店に行こうと思いますが、なんで

なのかな、と思ったので書きました。私がオーダーで

作ればいいのかもしれませんが(笑)。